20代のころ、生きづらさを抱えながら、いろんな人や本を尋ね歩く日々がありました。
いま振り返ると、私はある問いに突き動かされていたように思います。
「もっと、自分のいのちを大切にして生きるにはどうしたらいいのだろう?」
「ひとがひととして大切にされる世界はどうしたら現れるのだろうか?」
それは、私自身がお仕事や生活の中で、人とのコミュニケーションに難しさを感じ、
人が放った言葉で傷ついたり、自分の思っていることが発話できない、あるいは思いとは違うことを言ってしまったり、
自分の居場所がまるでないように感じることが多かったからでした。
もはや限界になった私は、2015年に留学することを決めて、イタリアに旅立ちます。
そして1年間の学びを経て、至ったテーマがありました。
「自然、そして自然の一部であるひとは、アート(混沌のただなかにいること)とデザイン(秩序やカタチが与えられること)のグラデーションの中で、らせん状のプロセスを味わいつつ、それぞれの大切にしたいこと、意味やビジョンなどを見出し変容していくのではないか」という問いです。
そして、それは、従来の「思考力」とされるものや「脳」による判断・分析的働きだけでは起こりえず、
心や身体、意識下にある見えないものといった、普段なかなか気を向けないところも
同じように大切にすることから起こる現象だと思っています。
私はいま、コンセプトを共有し「自然に、生きる」「人が人として大切にされる」を実践する仲間と
text/テクストというチームを組んで働いています。
このブログでは、おもしろかった書籍、素晴らしい人の活動、日々の徒然、自由研究を
共有できたらと思います。
いのちについて思うこと
一瞬一瞬いのちが変化していく
二度といまの瞬間は訪れない
いのちは自然を生きている
いのちは不思議を生きている
ものに宿るいのちがある
美しいいのちがある
いのちといのちをじーっとみれば、
どっちが上で、どっちが下で、
どっちが大きくて、どっちが小さくて
どっちが速くて、どっちが遅くて、
どっちが高い、どっちが低い
そんなこと、いっときのまやかし
ただ在る、そのいのちが、大切にされますように。